バレー指導と体罰|体罰の具体的事例や生徒が受ける障害と教師が受ける制裁

バレーに限らず強豪校ともなると指導が厳しくなる傾向にあります。
最近では、日大アメフト部の悪質タックルで監督やコーチが理不尽な要求(悪質タックルの指示等)をしていたとされるニュースが記憶に新しいのではないでしょうか。

日大アメフト部による悪質タックル事件は警察まで動く騒動になっていますが、これも監督やコーチから選手に対する強い精神的圧迫があったものと考えられます。

こういった精神的圧迫や物理的行為が行き過ぎると「体罰」になり、指導者(顧問の教師など)は懲戒の対象になってしまいます。

また、生徒は精神的・肉体的に追い詰められることになります。
他方で、監督やコーチといった指導者側も多くの場合、体罰がしたくてやっているわけではありません。部活で厳しく指導することで、生徒の心身を鍛え、より高みを目指して欲しいという気持ちが根底にあります。

ですが、『厳しい指導』と『行き過ぎた指導』の境界線はあいまいです。

どういうときに体罰となるのか具体例が気になることでしょう。
また体罰を受けた生徒はどのような障害を負うのか。
体罰を受けている生徒がいた場合、その子はどこに相談すれば良いのか。
そして体罰をした教師はどうなるのか。

バレー部で気をつけなければならない体罰のポイントもお伝えいたします。

目次

部活指導における体罰とは何か

※本ページは体罰等に関しての専門家が書いたわけではありません。
 内容は参考程度にとどめて下さい。

チームを強くするために、顧問やコーチが生徒を怒鳴ったり威圧したりする光景を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。中には顧問やコーチに殴られた、蹴られたという暴力を受けた記憶のある方もいらっしゃるかもしれません。

少なくとも、スポーツを指導する上で暴力は不要です。
暴力を伴う指導であっても強くなれば良いんだというような、非科学的なことは絶対に許されてはならないのですが、昔は許されてしまうような空気が醸成されていました(科学的な根拠があっても体罰はダメですけど)。

ですが、昨今の権利意識の高まりなどからちょっとしたことで体罰だと主張され逆に指導する側がやりにくい状況になっていると思います。

そこでまずは体罰とは何か、定義を明確にしたいと思います。
「体罰」の定義が分かれば「体罰」とそうでない行為との境界線がある程度分かってくるからです。

部活指導における体罰の定義

では、「体罰」の定義はなんなのでしょうか。

『体罰(たいばつ)とは、私的に罰を科す目的で行われる身体への暴力行為である。』
引用元:ウィキペディアより

こちらはウィキペディアで体罰と調べると出てくる定義です。
スポーツや教育に限らない広義での定義になっています。

ここで言われている体罰というのは肉体的苦痛を与えるような行為をさします。
これは殴ったり、蹴ったりする直接的な行為も当然含まれますし、長い時間正座をさせるといった間接的な行為や指示も体罰に当たります。

体罰の成立要件とは?

体罰が私的に罰を与える目的で行われる行為全般を指すとして、ある行為が体罰とされてしまう成立要件には何があるのでしょうか。

本来的な意味での体罰の成立要件についてwikiに分かりやすく書かれてありましたので、ここでもwiikiを引用させいて頂きます。

1.懲戒の対象となる行為に対して、
2.その懲戒内容が、被罰者の身体に対する侵害を内容とするか、被罰者に肉体的苦痛を与えるようなものであり
3.その程度があくまでも「罰」の範疇であること。
引用元:ウィキペディアより

上記の1の「懲戒となる行為」というのがしっくりこないかもしれません。
というのも、学校の指導現場で多くの場合、この一つ目の要件が満たされていないにも関わらず、部活動では体罰というなの暴力が横行しているのです。

この「懲戒となる行為」というのは、生徒が学則に反するような行いをした場合を指します。ようするに、生徒が悪いことをしたら叱らなければならず、叱るのであれば体罰にならないようにしかりなさい、というのが本来のあり方なのです。

ですが部活の現場ではどうでしょうか?
私が部外者として見たことのある現場では、相手校のキャプテンと副キャプテンが、私達部外者(練習試合の相手)がいるにもかかわらず、顧問に平手打ちをされていました。

彼らは何をやらかしたのかというと、単に不甲斐ない試合をして、練習試合に負けてしまっただけなのです。これのどこが「懲戒となる行為」と言えるのでしょうか。
つまり、この場合、顧問の殴るという行為は、そもそも体罰の成立要件に引っかかってこないのです。

むしろ、犯罪としての暴行罪や傷害罪の成立要件(専門用語で構成要件といいますが、分かりやすくするため成立要件と言います)に当たる行為なんです。

因みに、いくら生徒に「懲戒となる行為」があったからと言って殴ったりしたら、要件3の「罰」の範疇を超えるので、やはり同様に犯罪の成立要件を満たすことになってしまいます。

部活動における体罰の典型例

部活ごとに体罰の典型例があるかと思いますが、ここでは誰もが一度は聞いたことがあるだろう典型例を挙げておきます。

一昔前の有名な例だと・・・
・部活中の水分補給の禁止
・ぶたれる、殴られる、蹴られる
・椅子を投げつけられる

上記の体罰の例を当てはめますと、水分補給の禁止によって体は脱水状態となり正常な感覚を維持できなくなり、めまいや吐き気といった症状が発生します。場合によっては脱水症状が原因となり死亡してしまうケースもあります。これは、選手を追い込むためという目的であって、そもそも「懲戒となる行為」にたいして行われる類のものではありません。
また、水分補給というのは、人間が生命活動を続ける上で欠かせない行為であり、これを欠くことにより身体感覚の正常な状態を欠く状況にさせる立派な体罰と言えます。

上記の水分補給をさせないという例だけ見ると、顧問や監督、コーチといった指導者は直接、生徒に対して手を出していません。それでも体罰と言えるのか疑問に思われるでしょう。
しかし、法的には、直接手を出さなくても、直接手をかけたのと同じ評価を受ける場合があります。

顧問やコーチが直接的・物理的な攻撃を加えているわけではありませんが、間接的にある行為をさせないようにすることで身体へ攻撃していると解釈できます(こういうのを法的には不作為といいます)。

例えば、指導者が生徒を威圧することで生徒が水を飲めない状況を作り出せば、結果として生徒は水を飲むことが出来ない精神的状態が作り出されます。その結果、身体に異常をきたすおそれをもたらしていると言えるのです。

もっと簡単な言い方をすれば、指導者が原因を作り、生徒の水分補給を妨害するという結果が生じているということです。これを因果関係と言います。

指導者側の反論として、指導目的で行ったものであり私的な暴力ではない、というものが考えられますが、この点については指導というのはあくまでスポーツにおける指導であって、もっぱら私的に行われる制裁そのものと言えます。

「私的」の対義語に「公的な行為」というのがありますが、これは例えば、生徒が他の生徒に暴力を加えていた場合に無理やり体を拘束する(一種の正当防衛や正当行為)、といった場合を想定しています。

また、仮に指導目的で行われたものであり、私的な暴力ではないという主張が通るとすると、全て指導目的とさえ言えば、責任を逃れられる状況を提供することになり妥当ではないでしょう。これは刑事罰と教育論を混同させているだけです。

指導はあくまで私的な行為の一つであり、暴力として許容されないと評価されるから体罰に該当するのです。
したがって、指導目的というのはいい訳に過ぎません。

殴る、ける、物を投げつけるというのは暴力そのものですので、体罰に該当します。
指導目的であることは正当化事由になりません。

また、学校教育法という法律では「体罰」を明確に禁止しています
(学校教育法11条参照のこと)。

体罰は、体罰を受ける生徒側にも当然心理的に強いストレスを与えることになります。
そして、体罰をした側も気持ちの良いものではないはずです。
(一部、体罰を楽しんでしているのではというような人も居そうですが・・・)

なので、体罰はやめ、必要な時は叱り、そして褒める指導方法に変更した方が良いのではないかと思います。

「叱る」と「怒る」のはどっちが正しいのか

「叱る」という言葉と「怒る」という言葉は非常に似ていますが若干ニュアンスが異なります。あなたは指導者という立場で叱っていますか?それとも怒っていますか?
あなたの学校の顧問やコーチは叱ってくれますか?それともただ怒っているだけですか?

「叱る」と「怒る」は混同されたり同一に見られたりしていますが、まったく意味が異なります。
まず、「怒る」というのは感情に任せて怒鳴りつける場合を考えてもらえば良いでしょう。
他方で「叱る」というのは理性を保ちながら相手を諭すことを言います。

例えば、エースポジションの選手がノーマークでスパイクをふかしてアウトにした場合を想定してください。

「怒る」という場合は「お前、ノーマークで何やってんだ!!それでもエースか!!!!!」とブチ切れている状態です(ちなみに、これ私が怒鳴られた例です)。

「叱る」という場合は「お前、自分のポジションの意味を理解しているのか?あそこでふかしたらエースとは言えないだろう」とプレイヤーのミスを自覚させるように諭します。
怒気をはらませてはならないというわけではありません。
どうしても感情的になってしまう場面というのはありますから、カッとならずに「叱る」ことを優先しましょう。

バレーやその他のスポーツ、部活における体罰の具体例

体罰の定義を明らかにしても、実際にどういう体罰事例があったかが分からないと不安に感じる指導者もいらっしゃるでしょう。
自分の通っている学校の部活で行われていることが体罰に当たるのか気になる方もいらっしゃるでしょう。

そこで、バレー部やその他の部活において体罰とされた具体例を見ていきましょう。

バレー部や部活動における体罰の実例・具体例

有名な元バレー選手が、テレビで体罰のワンシーンを語っていましたが、笑い飛ばしながら「私達の時代は~」という風に誇らしげに語っていました。バラエティ番組ですから笑うのは結構ですが、現代でそんなことをされたら選手も学校もたまったものではありません。

このように、ほっぺをぶたれるという体罰なら分かりやすくて良いのです。ですが、これは体罰だと分かりやすいものばかりではありません。そこで、具体的にニュースで取り上げられたりした体罰事例を確認しておきましょう

大阪市立桜宮高校バスケ部体罰事件

2012年12月23日、桜宮(さくらのみや)高校2年のバスケ部キャプテン(A君)が、部活における体罰を原因として自殺した事件。
このA君は、自殺する前日、顧問の教諭から数十回も殴られていたという。

私が経験したビンタ一発ですら体罰は良くないと思わせるのに十分でしたが、数十発となると常軌を逸しているとしか思えません。まして、トータルで数十発ならまだ分かりますが、1日という短い期間で数十発も殴られるというのは悪質極まりない。

この桜宮高校バスケ部事件は民事裁判、刑事裁判の双方で訴えられています。
そして、刑事事件については元教諭に懲役1年、執行猶予3年の実刑判決が下され、民事の損害賠償請求事件では原告勝訴。裁判所は、被告(大阪市)は原告に対し、数千万円の損害を賠償する責任を認めました。
(一部記事に元教諭に賠償請求を認めたという記述がありましたが、学校が絡んでいる場合には、通常学校や市が被告となるのが通常です。本当に元教諭に認められたのか疑問ですが、その答えは調べても分かりませんでした。通常はありえないと思います。)

校舎周り80周ランニングを指示し生徒倒れる【大津市 市立南郷中】

大津市にある市立南郷中において、ソフトテニス部の部員がサーブミスを理由として顧問から校舎周りを80周走ってくるという罰を受け、当該生徒が9周目で倒れていた事件。
学校側は、罰を指示した教師をソフトテニス部の顧問から退け、自宅謹慎の処分を科しています。

倒れた生徒がどのような症状を訴えていたのかは分かりませんが、当時の気温が30度を超していたことを考えると、熱中症や熱射病にかかり倒れてしまった可能性が高いですね。

これに関して市教育委員会の船見教育長は以下のように発言されています。

「体罰の範囲を超えた許されない行為。誠に申し訳ありませんでした」
引用元:https://www.sankei.com/west/news/180715/wst1807150007-n1.html

私はこの発言に目を疑いました。
「指導の範囲を超え」なら理解できますが、「体罰の範囲を超えた……」と仰らています。
言い間違えたのか?
言い間違えでも、間違った解釈が広まりかねないのでよく注意して頂きたい部分です。
意味が全然違ってきます。

通常は「指導の範囲を超え」たから体罰として許されない、というニュアンスで使われる言葉です。しかし、「体罰の範囲を超えた許されない行為」と言った場合、反対解釈として、「体罰の範囲を超えない許される行為」というものが存在することになり不適当な発言です。

体罰はしてはならないものであって体罰の範囲を超えるかどうかなんて関係ありません。
そもそもしてはならない行為が体罰なのです。この点についてはライターさんの誤タイプという可能性もありますが、気を付けて頂きたいですね。

校舎の周囲を走らせるのは本当に体罰??

それともう一つ。
これは私(インドアスポーツをしていた人間)の見解というか疑問です。
校舎の周りを走らせること自体は体罰になるのでしょうか?

「そもそもサーブミスを理由に校舎の周りを走るのを指示すること自体が不適当だった」
引用元:https://www.sankei.com/west/news/180715/wst1807150007-n1.html

ここは部活指導をしている教員にとって非常に重要な問題をはらんでいると思います。
というのも、スポーツ指導において一定のペナルティというのは競技技能の向上や、練習の質を確保する上で有用な場合があるからです。
(だからこそ体罰が容認される風潮がある点、注記します。)

教育長が言った言葉を分解しながら、当時の顧問が指示したペナルティの是非を考えてみましょう。
まず問題となっているのは「校舎の周囲…を走る」と「80周」という二点に分かれます。

校舎の周囲を80周走ってこい!は体罰

これは私の見解です。
校舎の周囲を80周走ってこい!というのは体罰に当たると思います。
何故か。

環境省は『熱中症予防情報サイト』というページで、気温ごとにどの程度の運動をして良いかという基準のようなものを掲載しています。
http://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php
(同省には暑さ指数というのもあるのですが、分かりやすくするため気温のみを参照します。)

これによると、気温30度というのは積極的に休憩をとり、水分等の補給をするように、との指示が書かれてあります。
そして、31度以上になると激しい運動は中止するようにと書いてあります。
今回の気温は30度でしたが、激しい運動を禁止するかしないかのライン上にあったということです。また、数値上は30度であっても地面の照り返しや校舎の壁から反射される熱量とが合わさって、実際に体感している気温はもっと高かった可能性があります。

では、上記の環境省の熱中症予防指針に照らして本件の事件を見ていくと、当時、気温は30度を超しており、激しい運動が禁止されるレベルの厚さでした。
最近の傾向を踏まえても、外での激しい運動は控えるべき気温です(とはいえ、上位を目指すスポーツだから・・・という気持ちもあり判断は難しいですね。)。

また、校舎の周囲を80周も走らせるというのは、陸上部の長距離選手ですら体調を崩しかねない距離です。それをソフトテニス部(あまり何部かは関係ありませんが)の選手に走らせれば体調を崩すだろうと容易に想像がつきます。

したがって、気温が30度を超える中、校舎の周囲を80周も走らせるという指示は、指導の域を超えて体罰に該当すると考えることが出来ます。

校舎の周囲を5周は?校庭を10周は?

なら、校舎の周囲を5周程度走らせるのも体罰に当たるのか?
また、一周200mの校庭を10周走らせるのも体罰に当たるのか気になるところです。

先ほどの環境省の指針を引用する限り、真夏日(気温30度以上)に校舎・校庭をランニングさせるのは危険であり、危険である行為を指示していることから体罰に当たりうると言えます。

もっとも、陸上部の選手が長距離走の練習のために校舎周りを10周することまで体罰に当たるのかというと、これはあたらない可能性が高いでしょう。もっとも、休憩をこまめにとったり、選手の体調管理を細やかに見ていく必要はあります。

ただ、私個人の見解としては、もともと部活で激しい運動をしていることから、校庭を5周程度走らせるのは問題にならないのではないかと思います。
もちろん、選手が虚弱体質であったり、熱に弱い選手である場合には相当の配慮が必要ですが、私がコーチの立場でも、ある程度体力のついている選手であれば「頭を冷やしてきな」といって数週走らせる指示を出していたと思います。

80周というのは校舎・校庭に関係なく量的に体罰です。

選手にペナルティを科すなら何を科す?

では、選手に一切ペナルティをかけてはいけないのでしょうか。
一切のペナルティを暑い時期に限って禁じる。
もしくはペナルティそのものをなくすというのがベストな方向性でしょう。

でも、それだけだと現場の緊張感が薄れて、選手のモチベーションに関わるようであれば、軽いペナルティを科す程度であれば体罰には当たらないでしょう。
例えば、その場で腕立て伏せ10回とか、スクワット20回とかです。
(もし、腕立て100回!とか200回!とか言ったら、これは体罰の範疇に入ります。)

私がコーチをしていた時も、サーブミス1回につき罰ゲームとして腕立10回ね!と指示を出していたことがありました。元々まじめに筋トレをしない子たちだったから軽い負荷をかけさせたかったのと、サーブ一本一本に集中して欲しい(裏を返せば、ミスをしたら罰ゲームが待ってる。ミスしたくないという心理を利用していました。)という思いからでした。
また、簡単な罰ゲームが付いている方が、選手の方も少し盛り上がる傾向にあったので、遊び感覚で取り入れていた面もありました(なので、私がミスをしたら私も腕立をします)。

じゃ、私がしてきたことが体罰に当たるのかというと当たらないでしょう。また、当たるかどうかは、どこからが体罰に当たるかの線引きが難しく、また実際の司法判断を待たなければ分からない部分が多いので難しい問題です。

現状はまだ健在化した具体的な事例を確認しながら、無責任な行為を指示しない。昔の体育会系のような根性論的な罰を与えないという点に気を付けるしかないでしょう。

昔ながらの部活指導における体罰の問題点と改善策

昔ながらの指導には体罰と思しき行為があります。
たとえば、冒頭にも書きました『殴る』『蹴る』といった行為や椅子を投げつけたり、という行為です。

また、長時間正座させて説教をし続けたり、相撲の世界では「かわいがり」というものによって死者まで出ています。

何故、ここまで過剰な暴力行為がスポーツ指導の現場で生じてしまうのでしょうか。

まず、最初に述べておきたいのは、多くのスポーツ指導者は自分たちのチームを強くすることを念頭において指導に当たっています。そして、チームを強くする、選手を育成する手段として体罰が行われるケースが多いということです。

例えば、昔の部活で良く耳にした「水を飲むな!」という非科学的な指導も生徒を傷つけるために指示していたのではないでしょう。その裏には、水を飲まず、苦しい状況の練習に
打ち込んでこそ真の身体的、精神的な強さが見につくという目論見が顧問やコーチにはあったのではないでしょうか。

また、顧問やコーチが現役時代に同じような経験を積んで強くなったという自負心からも来ていると思います(どうやら、この自負心が一番の問題点のようなんです)。

しかし、その結果生徒たちにどのような被害をもたらすのかという点にまでは思いが至っていなかったように思います。

現に私が高校生のころ、一度だけ部員全員がビンタされるということがありました。
理由は声が出ていなかったから・・・。
今思い出しても本当に声が出てなかったのですが・・・。

何度も声を出せと注意しても改善されないことに顧問としても我慢しきれなくなったのでしょう。当時は部活とはこういうものだという思いがあったのでなんとも思っていませんでした(そもそもこう思ってることがおかしいのです)。また、夏合宿という特殊な環境であったという点も考慮に値するでしょう。

このように指導の手段としての体罰があるからこそチームとしても選手としても強くもなりますし、(団体競技では)結束も強まるんだと主張される方もいらっしゃいます。

では、改めて昔ながらの指導における体罰の問題点について考えたいと思います。

体罰がないと部活は強くならないって先入観じゃない?

まず、問題点として一つ上げられるのが、先ほどの私の体験にもありました、「部活とはこういうものなんだ」という先入観です。

これが軍隊であれば命に拘わる問題もあるので正当化されるかもしれません。
ですが、あくまでもスポーツにすぎません。
ましてや生徒たちはプロですらありません。
プロならば体罰が容認されると言っているわけではありませんよ。

体罰が容認傾向にあることは後述致しますが、まず、大問題は当時の私のように、ビンタをされても「こういうものなんだ」と割り切れてしまった個人の意識にあります。

もし、気持ちの問題として割り切れなければ心的な病に罹っていたことでしょう。
他方、割り切れたとして、正常の倫理観が備わっていれば誰かに相談し、事件を告発することができたでしょう。

ですが、それを言い出そうとすら考えなかった生徒がすくなくとも一人はいたことになります。
そして、論理が飛躍して申し訳ないのですが、一人いればその何倍、何百倍も同じことを考えている人がいてもおかしくはありません。

大学時代にも練習試合をした相手高校の生徒(キャプテン)が私達との試合に負けたあとにビンタをくらっていました。当時の私もやっぱり強豪だとこういうこともあるよねと思ってしまっていた自分がいました。

以上のように、生徒が体罰を明示的にではないにせよ容認してしまう傾向があることは知っておいた方が良いと思います。また、中学・高校生であれば自分で考え行動できますが、部活という組織に組み込まれた状況で適切な状況判断ができるほどには精神が発達していないという認識に立つことが大切です。

正常な判断力が鈍っているからこそ、私(達)のように暴力を「しょうがない」といって割り切ってしまう生徒がいるのです。

体罰と密室性【部外者がいない体育館で誰が証言をする?】

そして、組織という点から二つ目の問題点が浮上します。それは、密室性があることです。
学校によって練習場所は区々でしょう。強豪校にもなれば、体育館をその部だけで使っているなんてもこともあるでしょう。

また、体育館が狭いから1つ・2つの部活しか使用できないという状況もあるかもしれません。

そうなってくると、暴力行為を目撃する人が極端に減ります。
極論を言ってしまえば、部活の身内の人間しかその暴力を見ていないわけです。

生徒からみた指導者(顧問・コーチ・OB・OG)というのは絶対的な存在です。
基本的に指導者の命令には背けません。

生徒が良い子であればあるほど指導者を絶対的な正義という風に捉えその行動に異を唱える生徒は皆無となるでしょう。一種のマインドコントロールともいえます。

そうなると事件が公になる可能性が低くなります。
これは今も昔も変わっていないのではないでしょうか。
夏合宿期間中に至っては、その部活しかいないわけですから、
何が起こっても、外傷さえなければバレないのです。

また、部内の誰かが告発をしても学校側は暴力事件を表ざたにしたくなくて公にしない可能性があります。むしろ、もみ消す可能性すらあります。日大アメフト部悪質タックル事件はまさに支持をしたと思われている監督が部活だけでなく大学の上層部の人間であったことから、当初は内部からの告発もほとんどなかったそうです。

もし、具体的に誰が指示したのかを言えば、自分がどうなるか分からないという恐怖心から言えなかったのではないでしょうか。このように、音声や映像という物証がない以上、他の部員の証言に頼らざるをえなくなりますが、部員の証言が本物か否かを明らかにする証拠がないのです。他の部活の部員が見ていた場合には、その子には暴力事件のあった部活との利害関係がない分、発言の信憑性が確保されますが、中々そういうシーンを目撃していたという人もいないでしょう。こういった密室性も体罰が表ざたにならない一因なのではないでしょうか。

群集心理(集団心理)とスポ根精神が体罰を隠蔽する!

もう一つやっかいな問題があります。
それは、一種の群集心理とスポ根心理が合わさった結果、体罰を体罰と思わなくなるということです。

特に強豪校では指導が厳しくなる傾向にありますが、その強豪校に集められた生徒というのは、そのスポーツで強くなりたい、全国へ行きたいという強い思いがあるからこそ強豪校の門を叩いたわけですよね。

そうすると、昔から強くなるためには体罰を伴う厳しい指導も致し方ないという考えが芽生えている可能性があります。そういった子が殆どを占める部活内で体罰が起こっても、「全国へ行くためだ!頑張ろう!」という起爆剤のようなものになってしまい、暴力行為が表沙汰にならない可能性が強くなります。
全部員の、全国へ行く!という気持ちが、皆同じベクトルを向ている結果、本来なら許されない体罰や体罰には当たらないけど道徳や倫理上問題のある行為が顧問やコーチから行われても、これを許容する方向に思考が動いてしまう、または修正されてしまうという意味で群集心理が働いていると考えています。

因みに、後述のように、現役時代に体罰や厳しい指導を受けた経験のある選手は、自分がコーチや顧問になった際にも同じことをする傾向にあります。また、当時を振り返ると、当時の状況を美化してしまうそうです。

部活動における体罰の問題点のおさらい

以上、私の体験を踏まえながら体罰について考察してきました。

大きな問題点は二つ。
一つ目は被害者意識の希薄化(群集心理やスポ根)。
二つ目は場所的・組織的な密室性

この二つに集約できるのではないでしょうか。

一番問題なのは被害者意識を持っていない生徒を放置している教育機関にあるのではないでしょうか。

体罰をするなと教えられる教師・コーチはいるでしょう。
しかし、体罰を受けたらどこそこに相談しなさいと生徒に教える教員はいるのでしょうか。
学内で体罰を見かけたら(教員に)通報しなさいと教えている学校がどの程度あるのでしょうか。

最近の学校事情に疎く、その点を把握しきれてませんが、そのような指導は少ないのではないでしょうか。

体罰を受ける側の意識改革も重要

決して体罰を受ける生徒が無知だから悪いとは思っていません。
むしろ、無知でいさせている大人や教育機関に問題があると思います。

虐めはやめよう、虐めがあったら相談をといった話は昨今の虐め問題を受けて学校内でも説明がされているかと思います。
ですが、体罰があったら相談をと生徒へ説明する学校がいかほどあるのか疑問です。

まずは、生徒へ体罰とはこういうものであると定義を明確にしたうえで、具体例を出し、その上で学内に専門の相談機関を設置すべきです。専門の相談機関を設置するのは人員や金銭面で難しい問題を抱えることになるので、まずは保健室を一種の出先機関にしてみてはいかがでしょうか。保健室の先生にその仕事をお願いすれば生徒としても相談しやすいでしょう。

表沙汰にしたくない学校と介入したくない警察?

学校側は刑事事件ざたになることを嫌がります。なぜなら学校のブランドが落ちてしまい、翌年以降の生徒募集に支障をきたすからです。
ですので、表ざたになる問題というのは後遺障害が残ってしまうような重度の場合に限られるでしょう。

それ以外の軽微な事案であれば個々人で話し合いや示談で収まってしまう可能性が高いと思います。また、警察としても学校内での出来事はなるべく当事者同士で話し合って決めてくれという思いがあるかもしれません。

学校は教育機関であり、警察は司法機関であると共に行政機関でもあります。
昔、東大ポポロ事件というのがあったりして警察はなるべく教育機関の問題に首を突っ込みたくないのではないかと思ってしまいます。

とはいえ、事件として見過ごせないとなれば警察は動きます。
例えば、死者が出ていたり、被害者である生徒から正式な被害届が出されていた場合です。
もし、学校の教員サイドと話しても根本的な解決に至らないようであれば警察へ正式な被害届を提出すべきです。
(もっとも前述の密使性・密閉性という観点から証拠が出にくい可能性があります。同じ部活の友人、複数人に証言してもらえるように初めから根回しをしておくと良いでしょう。そうしなければ、学校側がかん口令を敷いてしまい生徒が口を割らなくなる可能性が考えられます)。

体罰を受けて良いことは一つもありません。教員・コーチ・生徒それぞれが意識改革をしていくべきです。

バレーと体罰その3 部活で体罰が容認されるようになった歴史と理由

部活で体罰が容認されるようになった歴史と理由

あなたは気が付いた時には、部活って厳しい場所なんだ。時にはぶたれたり殴られたりしても仕方のない場所なんだと思っていませんでしたか?
私は気が付いた時にはそう思っていました。

そもそも、なぜ部活で体罰が行われるようになったのでしょうか。
そして、体罰=部活強化の手段と考えられるようにった理由に歴史的な背景があるのでしょうか。

その点が気になったので、少し大学の先生が書いている論文を探してみました。
すると、体罰の歴史に関してある論文を拝見しました。その淵源は結構昔にまで遡ることに驚いちゃいましたよ。

部活で体罰が容認されるようになった歴史

そもそも、いつから部活における体罰を容認するような風潮ができはじめたのでしょうか。
いまでこそ学内での暴力は体罰だと問題視されるようになりました。

日常生活では、隣近所の家の子供が毎日泣いていれば虐待ではないかと通報されるような世の中(良い面、悪い面あると思いますが)になりました。

ですが、体罰、もっと広く端的に暴力がある程度容認されていた時代があります。それは今から70年近く遡った戦時中の話です。

軍隊では、規律を守るため、そして自分や味方の命を守るためにも統率のとれた団体でなければなりませんでした。それは今も同じでしょう。

そして、上官の命令は絶対という上命下服の世界です。

上官は部下に対してきつく当たります。
チームの足並みを乱すようなものがいれば時には暴力を用いてでも行動を促そうとしたでしょう。

そうしなければならない理由は戦時中という特殊な状況下であること。
また、戦時中でなくても軍隊という国防を担い、国民の命を守る立場にある人間であるが故です(仮に、現代の自衛隊において軽い暴力が容認されるとして、暴力=体罰の結果、重い障害等が残れば現代の自衛隊といえども刑事事件化する可能性は大いにあります)。

一言で言ってしまえば特殊な状況下にあったから暴力が容認されてきたという時代的な背景があります。そして、時代は進み戦争は終結を迎えます。この戦争時代の軍隊の名残が部活動における体罰であるとされています。

いわゆる軍隊式というやつですね。
このような歴史的経緯を経て、部活で厳しくしごかれる際に体罰が用いられてきたというわけです。

詳しくは、参考にした論文(神戸松蔭女子学院大学講師の長谷部誠著)を掲載しておきましたのでご参照ください。
学校運動部活動における「体罰」問題に関する研究

部活で体罰が容認されるようになった理由

書かれた論文を拝見したところ、前述と被りますが、
体罰が行われるようになった理由は軍隊的な思考がそのままスポーツの世界に転用されたのだとされています。

厳密には、当該論文で、長谷部先生が渡辺雅之氏の文言を引用しています。

つまり、軍隊は命を懸けている職業ですから、殴ってでも強制的にさせないとならない世界です。また、戦争というのは勝つことが大前提です。勝たなければ自国が滅びます。
(どこかスポーツの勝利至上主義と似ていますね。)

それが、スポーツの世界の勝利至上主義と調和してしまって現代に至るのではないかというわけです。バレーボールの全日本女子の方のお話にも一列に並ばされてひとりずつビンタされたという話を聞いたことがあります。

このとき話している方から苦痛の色は伺えませんでした。過去の話だったために青春が美化されていた可能性もあります(もっともバラエティだったので笑いを取りに言ったのかもしれませんが・・・)

先ほどの長谷部先生の論文には他にも興味深いアンケートや体罰がなくならない原因がまとめられています。興味のある方は一読されることをオススメします。

なんと、体罰を受けた者ほど体罰を肯定する傾向にあるとするアンケート結果まであるんです・・・信じられません。

さて、体罰を加えることで部活が強くなるのではと考えられるようになった理由とは何でしょうか。凄く短絡的な考えですが、「厳しい指導をすれば強くなるんじゃないか」という
なんとも素朴であり素直な考えが浮かびます。

というか、これに尽きるのではないかとすら思えます。
もちろん、生徒にたいして厳しく接しなければならない場面というのはあります(もちろん体罰はダメ)。

ですが、感情が高ぶれば人間、手を出してしまうもの。
親子なら愛情表現の一種と受け取れなくもありませんが、それによって受ける子供の苦痛は如何ほどでしょうか。

話がそれましたが、体罰を用いた厳しい練習を耐え抜くことによる精神力の強化。
そして、チームの結束が強まり、結果が伴えば指導者の力量であったことになります。
また、ミスをすれば怒鳴られ、酷いときには体罰を加えられるとすればミスをしないようにという脅迫観念から集中します。

また、バレーに限らずそのスポーツの分野で強くなりたいと考える生徒はそういう学校に進学していきます。生徒は上手く強くなりたいと思えば思うほど、教師やコーチの体罰を容認しやすくなるでしょう。端的に言って生徒が顧問を崇拝してしまうのです。

このような教師やコーチの下で指導を受け、大会で優勝するなどの結果が出れば生徒は指導者を高く評価します。そこに暴力が伴っていてもです。
高く評価した者の行為はすべて正当化されます。具体的には体罰を受けた当人自身が正当化すべき理由を勝手に作り出してしまいます。

心理学の実験にもあるのですが、人間は矛盾した状態に陥ると自己を正当化しようとするそうです。自分の考えは間違っていなかったと無理に正当化しようとする結果、体罰を受けても試合に勝てるまで育ててくれたという風に良い方向に考えを持っていくのではないでしょうか。

その例として、先ほどの論文にもあったように、体罰を受けた者ほど体罰を容認する傾向にあるという驚くべきアンケート結果に繋がっていくのではないでしょうか。

体罰を根絶したいと考えていても、これから指導者になろうとする人間が体罰を容認する傾向にあるのだとしたら、世論の考えとは裏腹に体罰が増えてしまう可能性があります。

今後、学校全体が虐め問題と同等かそれ以上のレベルでしっかり体罰問題に取り組まなければなりません。場合によってはコーチや顧問に就く人間には数コマの体罰禁止論なる授業や講習を受けさせるカリキュラムを作った方が良いかもしれません。

バレーと体罰その4 部活指導において体罰とされた、ないし、体罰といえそうな事

バレーボール指導で体罰に当たる練習と体罰に当たらない練習を考察

ここはバレーボールの練習に特化して、ある練習が体罰に当たるのか否かを考えていきたいと思います。
生徒たちにとっては何が体罰にあたるのかを知ってもらい、自分の体と心を守って欲しい。

そして、教える側の顧問・コーチ・OB・OGには生徒へ加害を与えないよう適切な指導が
できるように、何が体罰であるのかを理解していただきたいと思います。

バレーボール指導の現場において体罰とされた事件

さて、まずは大阪市であったバレーボール体罰事件を取り上げたいと思います。
こちらの事件です
(毎日新聞さんの記事へ飛びます。リンク切れの際はご容赦を)
⇒https://mainichi.jp/articles/20171125/k00/00m/040/067000c

事件は、2017年の5月から10月まで続いていたようです。
幸い、生徒たちに怪我はなかったそうですが精神的にどれほど追い込まれ苛まれていたかは分かりません。

講師をしていた人は、大阪教育委員会により3か月の停職という懲戒処分を言い渡されています。

そして、講師の人は同日、依願退職されました。
(依願退職できること自体、違和感を感じます。
もし、同程度の暴行を酔っ払いが駅員にすれば暴力事件として立件され、懲戒解雇の可能性だってあるのではないでしょうか。事案は違いますが、少なくとも生徒の成長を願い、実現するための教師という立場、身分にありながら暴力を働いていたという点は非常に許せませんし、裏切られたような気持になります。感情論を抜きにしても懲戒解雇が相当だったのではないかと思います。)

さて、話がそれそうなのでもとに戻しますと、
元講師がバレー部員にしていたのは以下のような行為でした。

2年の部員6人に対し、腹部を蹴ったり頭をたたいたりしたほか、「殺すぞ」などと言ったという。
毎日新聞さんより一部抜粋のうえ引用

しかも、これらの行為は他の部活が使用しない日を選んで体育館を使用したり、体育倉庫にて行われていたそうです。

計画的に感じますし非常に陰湿です。

この講師の場合は殴る、蹴るという暴力を働いていますので刑法上、暴行罪という
犯罪の構成要件に該当します(構成要件というのは成立要件のことです)。

仮に、この講師の暴行によって生徒が怪我をしていたとしたら、より刑の重い傷害罪という
犯罪の構成要件に該当します(被害届は出さなかったから刑事事件化していないのでしょうか・・・)。

今回、大阪で発覚したバレー部における体罰事件は殴る蹴るといった暴力を加える典型的な体罰事件でした。

では、殴ったり蹴ったりはしない。
けど、一般人から見て「これ、体罰なんじゃない?」と思われる微妙なケースについて次の章で考察してみます。

バレー部で体罰か微妙な事案:ボールをぶつける

さて、題材として使いたい動画があるのですが暴力シーンと思しき映像を含むため本サイトには掲載いたしません。

ユーチューブで「大阪 バレー 体罰」と検索すると一番上に出てくる動画を参考にしています。具体的にどういう動画かというと、指導者が部員に対しワンマンをしています。
そして、取れなかった部員はフライングをしますが、その時には既に指導者はボールを投げており絶対に取れない位置にボールが飛んでいきます(これだけなら良くあるワンマンです)。

ここまでなら体罰とは言えないと思います。
単に追い込んでいるだけといえるからです。

問題なのは、体力が底をつき始め、フライングしてから何とか起き上がろうとしている生徒に対し、指導者が起き上がりかけている生徒に対してボールを投げつけたり、スパイクを直撃させるようにわざと打っているところです(1球顔面に当たってるんじゃ?)。

それも、しごかれている部員はまだ顔を上げてもいないのでボールが飛んでくることに気づいていません。
強豪校でなくても、こういう追い込み方をする学校は意外とあると思います。
(私も似たようなケースの球出しを受けました。ですが、それでもかなり手加減してレシーブできるように配慮されていました。)

では、このように部員が気づかないうちに強打を浴びせる行為は体罰なのでしょうか。
それとも単なる指導、追い込みという分類になってしまうのでしょうか。

明快にYESやNOで答えることはできません。
これは教育委員会や学校側がまず判断を下す問題です。
ですので、例えば教育委員会が体罰であると認定すれば体罰になりますし、そうでないと判断すれば体罰とは言えなくなります。

とはいえ、司法の手が介入し、裁判になり、先ほどの行為が暴行に当たると判断されればこれは立派な体罰です。教育委員会や学校側がいくら行き過ぎた指導という常套句を使っても、裁判所が犯罪ですと判決を下せば、それは犯罪なんです。

ということは、体罰に当たるか否かは、学校側や教育委員会の判断を前提とするべきではなく、裁判所がどういう判断を下すかに着目して現場で指導をしていくべきです。

恐縮ではありますが上記の件について、自己の見解を述べさせて頂きますと、立派な体罰にあたると考えます。

何故なら、まず、ボールを人にぶつけるという行為は単純に暴行といえるからです。
もっとも、バレーの練習ではボールを人に向かって打つ練習がたくさんあります。

ワンマンレシーブもその一つだと反論することが考えられますが、それは違います。
上記の場合、部員は伏せていて、ボールが来ることに気が付いていません。

部員にボールがぶつかってから強打を打たれたんだと気が付きます。

つまり、不意打ちです。来るかどうかも分からない。むしろ、自分の体勢を立て直すのに必死でボールをレシーブする可能性がこれっぽっちもないということであれば、打つ側としてもボールを体に当てるつもりで故意に打っていることになります。

これって、単なる暴力ではありませんか?

もし、法学部の試験で上記のような事案が出たら迷わず暴行罪を適用させるでしょうし、これでアザができたら傷害罪を適用するでしょう。
ですので、私としては体罰に当たると考えます。

因みに、裁判所が犯罪に当たるかどうかをどのような手順で判断しているのかというと、以下のようなプロセスを辿ります。
①構成要件に該当するか
②違法性阻却事由はあるか
③責任阻却事由はあるか
④以上のうち、①構成要件を全て満たしていて、かつ、②違法性阻却事由と③責任阻却事由がない場合に犯罪が成立します。

これをさっきのワンマンレシーブに当てはめると、①「暴行」というのは不法な有形力の行使という風に定義されています。そして、不法というのは正当な理由なくと思ってもらえれば良いです。有形力の行使というのは物理的な攻撃程度に考えてください。
そうすると、さっきの事例では生徒がボールを見ていないタイミングでボールを投げつけたり打ちつけたりする行為は不法な有形力の行使といえるので①の構成要件(成立要件)を満たします。

次に、②と③は、これに当たる要素があると例外的に犯罪とならなくなる判断ファクターです。②でよく聞くのが正当防衛です。③はある状況下で犯罪行為をしなければ逃げ出せないような状況にあった場合に認定されるものです。反対にいえば、犯罪をせざるを得ない状況だったというパターンです。③は中々認められないのですが、典型例としては寝ている間に寝相で人に怪我をさせてしまった場合です。刑罰をかすべき責任がない、つまり、自分の意思で行動をコントロールできないために責任が阻却されて犯罪不成立となるのです。

これを上記の事例で見てみると、②違法性阻却事由も③責任阻却事由もありません。
しいて問題にするなら教育上必要だったということで②違法性阻却事由の正当業務行為に当たる旨の主張でしょうか。
正当業務行為の典型例はボクサーが試合中に相手を殴ったら運悪く死んでしまった場合です。通常なら殺人罪や傷害致死罪という刑罰に該当する行為でも、正当業務行為として犯罪が成立しなくなるんです。

今回の例ですとスポーツ指導中であったことから正当業務行為にあたり、違法性が阻却され無罪であるという主張が考えられます。
あくまでも主張として考えられるという程度ですが。

体罰と言われないバレーの練習方法を心掛けよう

上記の殴る蹴るは論外ですが、その次のボールを打ちつけるという行為は場合によっては体罰になりえます。
そこで、球出しをする顧問やコーチは自分の行為が暴力に当たらないように気を配りましょう。

特に、スリーメンやワンマンレシーブでは部員の動きが思った通りにいっていないことから腹を立て、暴力的な球出しになってしまう顧問やコーチがいらっしゃいます。
上記の顧問はこのタイプでした。

そうならないように生徒が全くボールを見ていない時には強打は打たないでください。
また、生徒が思い通りに動かないからといってボールを投げつけないでください。
また、次のような指示も場合によっては体罰に当たります。
・体育館を大ウサギ1時間
・校庭80周!(どの部活にも共通していえますね)
・常識では考えられない時間のワンマンレシーブやスリーメン
・いわれなき暴言や人格否定発言

体罰は指導者のちょっとした気遣いで改善できる場合があります。
まずは、指導者の側から意識改革をしていき、部内に新しい涼風を吹き込みましょう。

体罰を指導者側の目線で見てみる

被害者側から見ると体罰は正当化する要素が何一つないといえるでしょう。

ですが、指導者の中には体罰に重要な意義を認めたうえで、あえてやっている場合があります。例えば、アメリカの軍隊式に罵声を浴びせ、精神的に追い込ませて底力を引き出させたいといった例です。

この場合暴力はふるっていません。ですが、罵声を浴びせ、生徒の人格を否定し傷つけるような発言は指導ではなく体罰となります。

それは文部科学省が定める部活指導のガイドラインにも明記されていることです。
運動部活動の在り方に関する調査研究報告書
↑14P参照のこと

因みに、強豪のブラスバンド部でも罵声を浴びせるという光景を見たことがあります。
あれも体罰の一つでしょうね。

体罰によって生徒・部員が受ける障害や症状

今度は体罰を生徒が受けるダメージの側面から見ていきましょう。
まず、ボールをぶつけられたり、暴力を振るわれればアザや打撲、突き指、骨折、失神といった何かしらの傷害を受ける可能性があります。もちろん、精神的なダメージも。

このような身体的な傷であれば軽い物ならすぐに治ってしまうので大きな問題とはならないのですが、骨折や失神といったものになってくると大変です。特に骨折は直りが遅いですしね。失神も場合によっては何かしらの後遺障害を残す恐れがあります。

次に、精神的に受けるダメージとしては何があるのでしょうか。
私としては、暴力による精神的なダメージや、罵声を浴びせられたことによる精神的なダメージというのを危惧しています。部活指導における罵声というのはえげつないもので、人格否定をするようなものが結構ありますよね。

普通の部活ならそういう言動はないのですがね。
生徒がこの場合に受ける精神的なダメージ、そこから発生しうる症状としてはPTSD(心的外傷後ストレス障害)が考えられます。

PTSDの症状としては恐怖心等からくる不眠やパニック障害、ひどいものだと忘却というものもあります。嫌な記憶を想起させないように脳が記憶に制御をかけるのでしょう。
因みに、加害者の暴言と被害者のPTSDとの因果関係が証明されると傷害罪という重い罪に該当します。例えば、顧問が部員の人格否定をして部員がPTSDになれば、顧問は傷害罪で立件される恐れがあります。

PTSD以外にも、対人恐怖症や、怒鳴られ続けた結果、音に敏感になってしまったり、人格否定の結果、オドオドしてしまったりと学生の心身に影響を与えます。叱るのは良いですが人格を否定したり、むやみ怒鳴りつけるのはやめましょう。

体罰をした教師はどうなる?体罰教師の処遇

これは一概には言えませんが、大まかな目安なら提示できるかと思います。

体罰教師が受ける社会的制裁

まず、故意または未必の故意(そうなってもいいや程度に考えていた場合)で重大な怪我や死亡事件を起こしてしまった場合には学校を懲戒解雇されるでしょう。
その上で。メディアから叩かれ、ネットで叩かれるでしょう。

また重大事件であればニュースで実名報道されるでしょうから、再就職が困難になります。

軽い体罰であった場合には学校側から懲戒解雇未満の処遇を受けることになります。
多くは減給や停職でしょう。そうなったら、通常は依願退職をする例が多いようです。

体罰教師が受ける民事上の制裁

この場合も体罰の程度によりけりですが、民事の場合は慰謝料請求や損害賠償請求が中心になってきます。
損害賠償額に大きく関わってくるのは被害者である生徒の被害状況です。
例えば、被害の程度が軽い場合には損害賠償額も低めになりますが、生徒が重度の障害を残してしまった場合には多額の損害賠償金を支払うことが命じられる可能性もあります。
その時は最低でも何千万という単位でしょうね。

体罰教師が受ける刑事上の責任

刑事上の責任は国家権力が科すものですから明確化されています。
立件される可能性のある犯罪ですと、暴行罪、傷害罪、傷害致死罪、業務上過失致死傷罪、(保護責任者)遺棄罪(これは相当特殊な場合)、脅迫罪、監禁罪(これも特殊、というか前例はないかも)、名誉棄損罪、侮辱罪といったところでしょうか。

あえて監禁罪もあげました。
私が想定した例はかなり極端で、例えば説教と称して5・6時間面談室に呼び出し叱りつけたとします。生徒は何度も帰ろうとしますが、その都度、教師は怒鳴りつけたり無理やり席につかせたり、ドア付近に立ちふさがって帰してくれません。トイレに行きたいと訴えても行かせてはくれない、というかなり異常な状態です。なので実際問題、監禁罪で立件されるということはほぼないと思いますが、皆無でもないので挙げておきました。

暴力行為は暴行罪や傷害罪、傷害致死罪といった犯罪になります。
業務上過失致死傷罪も滅多に適当されませんが、例えば、台風の日に外に出るのが危険な程の突風が吹き荒れているにも拘わらず、外でランニングをさせていた所、突風にあおられて樹木が倒れ、生徒が怪我をした、というような場合です。最近ニュースになったのだと大田原高校の山岳部の部員が雪崩に巻き込まれた事例があります。

脅迫罪は文字通り脅すことです。先ほどのニュースの事例であれば「殺すぞ!」というのは脅迫行為そのものです。これで立件までされるのかは分かりませんが、立件の可能性としては十分にあり得ます。

(保護責任者)遺棄罪というのは病気で看護が必要な生徒がいるのに、ほったらかして放置して帰ったような場合です(これだけでも本罪は成立しない可能性がありますが)。
保護責任者遺棄罪になると法定刑がグンと上がります。
コーチや顧問という生徒を管理監督する立場の人間が保護責任者に当たるのかが問題になる可能性ありますが、「保護責任者」をどう判断するのかというと、保護義務があったか否かという観点から判断します。

生徒の部活動を管理監督する立場にある以上、条理上(慣習や常識といった意味合いで捉えてください)保護義務が生じるとも考えられますし、コーチや顧問のハードな練習の結果、部員の中に要保護者が生じた場合にもコーチや顧問に保護義務が生じることがあります。
立場上、原則として顧問やコーチには保護義務が生じると考えておいた方が良いでしょう。

最後に、生徒の人格を否定するような発言は侮辱罪や名誉棄損罪に問われる可能性があります。人格を否定するような発言をしたところで生徒は強くなりませんので、そのような発言をしている自覚のある顧問・コーチは考えを改めてください。
もし、人格否定発言をしている顧問やコーチがいたら、後々のためにも音声をひそかに録音しておきましょう。民事・刑事の裁判になった際に強い証拠となる可能性がありますよ。

バレーボールと体罰のまとめ

さて、長くなってしまいましたが、
最後に本記事のまとめを書いて終わりたいと思います。

①殴る蹴るは体罰であり犯罪になりうる行為である
②バレーボールにおいてボールをわざとぶつける行為は程度や状況如何によっては体罰となりうる
③罵声や生徒の人格を傷つける発言も体罰である

以上につきまして以下に参考として記事、および文献を記載。
・大阪市教委 バレー部員6人に常習的体罰 講師を懲戒処分
(毎日新聞社さんのネット記事なので一定の期間経過で削除される可能性あり)
・運動部活動の在り方に関する調査研究報告書
(こちらは文部科学省の『運動部活動の在り方に関する調査研究報告書』としてまとめられたガイドラインです。運動部にかかわる教職員は一読しておきましょう。)
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